木葉天目は、陶器の表面のガラス質になっている部分の釉(うわぐすり)の上に、「木の葉」そのものを直接焼き込んで模様としたものです。窯のなかで木の葉が燃えて灰となり、その灰が釉に熔け込んで釉質が変わるために、当然その部分の発色も変化して木の葉の模様となります。
「木葉天目」の「天目」とは、むかし遣唐使が中国に渡って、浙江省の南西部と福建省の北西部の境付近にある天目山の僧院に入山して修行し、帰国するときにそこの仏器を土産に持ちかえりましたが、その仏器の特徴的な「器形」や「釉」を指していいます。
「天目釉」は、基本的には長石に木灰をまぜ、これに発色剤として鉄錆を加えたもので、一般的には温黒色です。これを中国では「黒釉」といいますが、日本では「黒天目釉」といいます。
「木葉天目」は中国の宋の時代に江西省永和鎮吉州窯で茶碗として焼かれましたが、宋王朝の滅亡とともにその技術も滅亡し、「幻の技術」とされたまま現代に至りました。北宋後期(1100年代)の茶会記にこのような茶碗が使用された記録はありますが、製法や技術についての文献資料はまったくなく、わづかな発掘品しか現存していません。
1975年9月東京で中国陶磁名品展(安宅コレクション、現東洋陶磁美術館蔵)が開催された際、展示されていた重要文化財指定の木葉天目茶碗に私は深い関心を持ち、さっそくその再現の研究に着手しました。当時はまったく不可能視されていた幻の技術の再現研究なので、東京国立博物館に通ってガラス越しに展示品を観察しては、暗中模索を反復する以外に方法はありませんでしたが、1980年1月独自に再現することに成功しました。
| 1990年11月 | 中国工技美術委員会副理事長顧驍氏の招待をうけ、江南地域の陶業地を巡訪する。 |
| 1994年11月 | 財団法人土屋文化振興財団賞を受賞する。 |
| 1995年 5月 | 市川市教育委員会ならびに財団法人土屋文化振興財団の後援により市川市文化会館において「木葉天目特別展」を開催する。 |
| 1996年 3月 | 台湾国立国父紀念館ならびに中華学術文教基金会の連合挙弁により国立国父紀念館翠享芸廊において「木葉天目展」を開催する。 |
| 1996年 3月 | 木葉天目大皿「向天T」を国立国父紀念館に永久収蔵される。 |